服部倉治郎と深川

養鰻(ウナギの養殖)の歴史は明治12年(1879年)、服部倉治郎が東京・深川千田新田で試みたのが最初とされています。
この時、服部は2ヘクタールの養殖池をつくり、ウナギを育てたといいます。

現在の東京都江東区で生まれた服部倉治郎は、実家が深川で鯉やウナギなどを売る川魚商。
淡水魚の研究にも熱心で、スッポンの養殖にも取り組んだことで知られます。
服部はスッポンとともにウナギに目をつけ、江戸川や中川に遡上するウナギの種苗を捕獲し、深川の養殖池で餌付けをしながら飼育を研究しました。

そして、1897年(明治30年)のこと。
服部倉治郎は愛知県に向かう汽車の車窓から浜名湖を眺めたとき、ウナギの養殖に最適な場所だと感じ、この地に養鰻場をつくることを決意したとされます。

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